English Version [The statue of Buddh] It is a work of the article of the finest quality currently treated in the department store and the fine-arts art gallery. It is the optimal as interior design.
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【仏像について】百貨店美術画廊にてお取り扱いいただいている最上級の品質の作品なので、インテリアとして最適!同じ種類の仏像をまとめたり、センスで選ぶのも素敵♪一点ものが多いので、売り切れの際はご容赦下さいませ。

極小仏像 釈迦三尊(台座付き)【仏像の天竺堂 仏教美術 中】 プチ仏/釈迦三尊  科学が発達し、物質的に満たされてくると、ヒトは、ココロが満たされていないことに、ふと、気づきます。「ココロの豊かさ」とは、何なのか?自分に降りかかる「閉塞感(へいそくかん)」は、いったい何なのか?
お釈迦(しゃか)様も、釈迦王国の王子として、何ひとつ、不自由のない生活を送り、成人したはずです。(でも、「富を独占」しても、豊かにはなれず、ついに、本当の豊かさを求めて)29才で出家し、修行者となり、苦行します。わたしたちの現実と、少し似ていますね。
さて、釈迦は、苦行の末、何を悟(さと)ったのでしょうか?
「フィギュア・ミニチュア」を手に、わたしたちと同じ、人間・お釈迦様のココロの世界を尋(たず)ねてみてください。

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  [ 釈迦の生涯 ]

★お釈迦さまは仏教の開祖です。紀元前、約二千五百年、北インド地方のカピラバスツのシュドーダナ王の王子としてご出生。16歳で結婚し、一子、ラーフラ をもうけた。何ひとつ不自由のない生活を送るが、やがて人生に深い苦悩をおぼえ、二十九才で出家し修行者となります。難行苦行を繰り返した後、ついに苦行を棄て、悟りをひらきます。説法の旅の末、八十才で入滅したと伝えられています。お釈迦さまは、あなたと同じように生れ、そして悩み苦しみながら生きて亡くなった実在の人物です。子供もいます。決して神ではありません。親しみが持てますね。他の菩薩(ぼさつ)といわれる方々も、皆同じです。

[ 釈迦の教え ]

★お釈迦さまの教えの基本は、四法印といいます。(1)諸行無常(2)諸法無我(3)涅槃寂静    (4)一切皆苦 の四つです。以下、その四つの解説です。


(1)「諸行無常」  一切の形づくられたものは「無常」であり、「縁起」によってのみ存在している。この世の現実の存在はすべて、姿も本質も常に流動変化していて、一瞬といえども同一性を保持することができない。すべては生滅する存在であるにもかかわらず、人は、それを「変化のないもの」としてとらえようとするから苦が生じてしまう。これを忘れないようにしましよう。

「いろは」歌

いろはにほへどちりぬるを (色は匂へど 散りぬるを ・諸行無常)
わがよたれぞつねならむ (我が世誰ぞ 常ならむ ・是生滅法)
うゐのおくやまけふこえて (有為の奥山 今日越えて・生滅滅已)
あさきゆめみじゑひもせず (浅き夢見じ 酔ひもせず・寂滅為楽)
 ※有為=無常な現象

「平家物語」

祗園精舎の鐘の声 (ぎおんしょうじゃのかねのこえ)
諸行無常の響きあり (しょぎょうむじょうのひびきあり)
娑羅双樹の花の色 (しゃらそうじゅのはなのいろ)
盛者必衰の理をあらわす (じょうしゃひっすいのことわりをあらわす)
おごれる人も久しからず (おごれるひともひさしからず)
唯春の夜の夢のごとし (ただはるのよのゆめのごとし)
たけき者も遂にはほろびぬ (たけきものもついにはほろびぬ)
偏に風の前の塵に同じ (ひとえにかぜのまえのちりにおなじ)
 ※祗園精舎=京都八坂神社 娑羅双樹=薄黄色の花びらはすぐ変色する
               

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釈迦三尊十羅刹女 肉筆 一点もの【仏像の天竺堂 仏教美術 中】

(2)「諸法無我」  人は、しらずしらずの間に私自身の現存在を通じて、そこに幼い時から成長して現在にいたるまで、肉体や精神の成長変化を認めながら、そこに「私」と呼ぶ実体的「我」を想定し、成長変化してきた私そのものをつかまえて、私は私であると考えます。しかし、「諸法無我」はそれこそ「我執」であるとして退け、変化をその変化のままに、変化するものこそ私なのだと説くのです。妄想された「我」に執着してはなりません。この意味で、「諸法無我」は、自己としてそこにあるのではなく、つねに一切の力の中に関係的存在として生かされてあるという、「縁起」の事実を生きぬくことを教えています。存在とは現象として顕われるのであり、変化そのものであり、変化する何者かという主体をとらえることはまちがいなのです。現代科学的にいえば、すべては生態系の「生々流転」の内にあるということになります。

一切のものには我としてとらえられるものはないという考え方を徹底して自己について深め、目に見えるもの見えないものを含めて、一切の「縁起」によって生かされてある現実を生きることを教えています。このような共々に生かされて生きているという自覚の中にこそ、他者に対する慈悲への働きがあるのです。

一点もの 釈迦如来 銅造鍍金彫金仕上げ【仏像の天竺堂 仏教美術 中】 (3)「涅槃寂静」  無常の真実に目覚めない者や、無我の事実をしらないで自己をつかまえている者の刹那を追い求めている生活も、また無常や無我を身にしみて知りながら、それを知ることによってかえってよりどころを失って、よりどころとしての常住や自我を追い求めて苦悩している者の生活も、いずれも煩悩による苦の生活です。それを克服して、いっさいの差別(しゃべつ)と対立の底に、いっさいが本来平等である事実を自覚することのできる境地、それこそ悟りであるというのが、「涅槃寂静印」の示すところです。

お釈迦さまによると、涅槃とはいっさいのとらわれ、しかも、いわれなきとらわれ(辺見)から解放された絶対自由の境地のことです。これは、「縁起」の法に生かされて生きている私たちが、互いに相依相関の関係にあることの自覚であり、その自覚は、より積極的な利他活動として転回されていかなくてはなりません。この意味で、「涅槃寂静」は、わたしたちにとって、とても大切な教えなのです。苦を生んでいた煩悩の炎が消え去り、一切の苦から解放された境地が目標です。

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釈迦伝【仏像の天竺堂 仏教美術 中】 (4)「一切皆苦」  初期の経典には、「色は苦なり」「受想行識も苦なり」としばしば説かれています。これを「一切皆苦」といいます。「苦」の原語では、単に、日本語の「苦しい」という意味だけではなく、「空しい、不満、不安定」といった幅広い意味を持っています。ですので、「一切皆苦」は「すべての存在は不完全であり、不満足なものである」と言いかえることもできます。不完全であるがゆえに、常に変化して止まることがない。永遠に存在するものはなく、ただ変化のみが続くので「空しい」というふうに、「苦」という一語で様々な現象を表現します。たとえ、いま楽であっても、必ず壊れるときには苦にかわります。すべては無常であって生滅変化を免れえません。どちらにしても、苦ではないものはないわけで、一切の形成されたものは、苦しみなのです。
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仏教は神を信じる宗教ではありません。したがって、絶対服従を求めることはありません。また戒律をを持ち、神や霊的な存在と契約をするという考えも存在しません。ですので、神からの「堕落」という考え方も、それを救う「キリスト」という考えもありません。

お釈迦さまは、救いは超越的存在(たとえば神)の力によるものではなく、個々人の実践(修行)によるものとされています。すなわち、お釈迦さまの実体験を最大の根拠に、日々実践(修行)することが最も大切なのです。決して現実から逃避しない、すばらしい教えですね。仏像が、あなたの実践(修行)の励みとなり、また、人生の善き「師匠」でありますように!合掌!


 静かに手を合わせてみましょう!合掌(がっしょう)は、右手は仏(ほとけ)、左手はあなた。両手を合わせることで「ほとけさま」とひとつになれます! The right hand is Budda. The left hand is you. Both hands are matched and it combines with Budda!

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